謎が多すぎる!沖ノ島と沖津宮についての紹介

2017年7月、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群が世界文化遺産に登録されました。これを機に、宗像大社を訪れる方も増えそうです。ところで、今回登録された遺産群の中心的存在・沖ノ島とはどのような場所かご存知でしたか?

世界遺産に登録されたとはいえ、詳しくご存じの方は少ないのではないでしょうか。ということで今回は、謎の多すぎる沖ノ島と沖津宮について、簡単にご紹介していきます。

なぜ沖ノ島は知られていないのか

なぜ世界遺産に登録されるほどの島の知名度が、こんなにも低いのでしょうか。その理由として考えられるのは、古来より沖ノ島に存在した厳しい掟にあります。

地理的にも寂しい場所に

「神の宿る島」「海の正倉院」などと呼ばれる沖ノ島は、玄界灘に浮かぶ絶海の孤島です。宗像大社辺津宮からほど近い神湊(こうのみなと)から約60km、対馬の玄関口である厳原(いずはら)からは約75km離れた場所にあります。玄界灘のど真ん中にポツンとあるといっても良いでしょう。

古来より守られてきた厳しい掟

沖ノ島は島全体が宗像大社の境内となっています。沖津宮が鎮座し、そこへ宗像大社の神職の方が10日交代で奉仕しているそうです。

一方、一般人の入島は厳しく制限されており、特に女性は入ることはできません。そして「一木一草一石たりとも持ち出すことは禁ずる」という掟も存在し、さらに島で起こったことは一切口外してはいけません。

そのような禁忌が現代まで守られた結果、沖ノ島についてよく知る人は少ないようです。その反面、そのおかげで沖ノ島は古代のままの姿を今に伝えることになったとも言えます。

沖ノ島には何があるのか

では、沖ノ島には何が残されているのでしょうか。私の知っている限り、ご紹介しようと思います。

縄文~弥生時代の遺跡

沖ノ島には、縄文時代の遺跡と弥生時代のものとみられる遺跡が残されています。もっとも縄文時代の遺跡は3か所ですが、弥生時代のものは1か所だけだそうです。縄文人はニホンアシカの猟のため、沖ノ島に渡ってきた可能性が高いそうです。さらに沖ノ島で生活していた痕跡も残されているようですよ。

沖津宮の背後に約600年間に渡る祭祀遺跡

沖津宮の社殿の背後にはいくつもの巨石が並んでおり、そこには20か所以上の祭祀遺跡があるそうです。それらの遺跡は、4世紀後半から10世紀初頭にかけて行われた国家祭祀の跡と考えられています。

約600年間にも渡る祭祀の歴史は、大まかに4つの時代に分けられます。まずは4世紀後半から5世紀にかけての岩上祭祀の時代です。この頃の祭祀は巨岩の上に設けられた祭壇で行われていたそうです。

また6世紀から7世紀にかけては岩陰祭祀、すなわち巨岩の陰となっているところに祭壇が作られていたようです。7世紀から8世紀後半にかけては半岩陰・半露天祭祀、8世紀からは巨岩の存在すら必要のない露天祭祀が行われたと言われています。つまり、舞台は平坦な地面だったようです。

このように一口に祭祀遺跡といっても、様々なタイプの遺跡が残っています。

また、これらの遺跡から出土した宝物に関しては、辺津宮にある神宝館に収蔵・展示されています。金製指輪や金銅製龍頭などが有名ですが、それらの宝物は神に捧げるためだったと考えられています。

戦争の跡も残っている

これは私も調べていて、意外でした。沖ノ島には第二次世界大戦中、海軍の兵舎があったそうです。また、陸軍の砲台も設置されていたといいます。沖ノ島には今でもそれらの跡が残っています。

沖津宮に行くには

冒頭でもご紹介しましたが、沖ノ島には原則として宗像大社の神職の方しか上陸できません。ですが、一年のうち一日だけ、選ばれた200名の男性のみ上陸することができるのです。それは毎年5月27日に行われる「沖津宮現地大祭」です。

沖津宮現地大祭は日本海海戦顕彰のため

5月27日というのは、日本海海戦が行われた日です。東郷平八郎が率いる連合艦隊が、当時最強と呼ばれたロシアのバルチック艦隊を破った戦いですね。その戦いが行われたのは対馬沖、沖ノ島の近海でした。

なんとそのとき、沖ノ島に常駐していた神職の方が戦いの一部始終を記録していた日誌が残っているそうですよ。そして昭和30年代に入り、日本海海戦を顕彰するために始まったのが沖津宮現地大祭です。

沖ノ島と聞くと、とても神聖な場所といった印象があります。ですが意外にも、戦争にまつわるエピソードも多いのですね。

沖津宮現地大祭のスケジュール

さて、沖津宮現地大祭のスケジュールはというと、まずは前日の5月27日に大島の中津宮にて、安全祈願祭が行われます。参加者の方はその日、そのまま大島に宿泊します。

そして翌朝、大島から沖ノ島へと船で渡り、まずは全裸になって海で禊を行います。太陽に向かって礼拝した後、沖津宮に手を合わせるそうです。服を着たら、沖津宮の社殿に向かいます。神事が終了したら海岸で直会(なおらい)を行い、島を離れます。沖ノ島の滞在時間は、およそ2時間半程度だそうです。

沖ノ島に行けない人はどうする?

ということで、一般人が沖津宮に行けるのは年に一度、運の良い男性だけです。抽選に漏れた方やその日に休みが取れない方、そもそも女性などは沖津宮には参拝できないことになりますね。

そういった方のために、沖津宮遥拝所が大島の北側に設けられています。天気のいい日などは、遥拝所から御神体である沖ノ島を眺めることもできます。大島には宗像大社の中津宮もありますので、併せて参拝してくださいね。

最後に

ということで、今回は沖ノ島に残る遺跡と沖津宮現地大祭についてご紹介しました。沖津宮現地大祭の申し込みは宗像大社に直接問い合わせる必要があります。受付期間も毎年変わるようですので、参加する意思のある方はなるべく早く行動に移した方が良さそうです!

【参考】

  • 宗像大社「宗像三宮」

http://www.munakata-taisha.or.jp/html/sangu_syosai.html

  • 宗像大社「信仰の伝統を育んできた人々」

http://www.okinoshima-heritage.jp/know/people

  • 『宗像大社・古代祭祀の原風景』NHKブックス
  • withnews「沖ノ島、今も戦争の跡 世界遺産候補「神の島」に砲台、古木も伐採」

https://withnews.jp/article/f0150815001qq000000000000000G0010401qq000012382A

  • ダイドードリンコ日本の祭り「神宿る島の禊ぎ ~宗像大社沖津宮現地大祭~」

http://www.dydo-matsuri.com/archive/2014/munakata/