宗像大社にお祀りされている神様は、①田心姫神(たごりひめのかみ)②湍津姫神(たぎつひめのかみ)③市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)です。そのうち市杵島姫神は弁天様と呼ばれることもあります。
といわれて、すぐに納得できましたか?お恥ずかしいのですが、私はできませんでした。弁天様というのは、あの七福神の弁財天のことです。市杵島姫神は弁天様?同じ神様なの? よくわからない方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、市杵島姫神と弁天様との関係について、簡単にご紹介していきます。
目次
市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)とは?
まずは、市杵島姫神とはどのような神様なのかご紹介していきます。市杵島姫神の誕生は、『古事記』や『日本書紀』にも記されています。
誓約(うけい)によって生まれた三女神
冒頭でご紹介した宗像大社の御祭神たちは、宗像三女神ともいいます。その宗像三女神が誕生したのは、天照大神(あまてらすおおみかみ)と弟のスサノオノミコトによる誓約(うけい)でした。
誓約とは占いのことです。スサノオノミコトが謀反を起こすのではないか、と疑った天照大神は、誓約の結果ではっきりさせようとしました。その方法とは互いの物実(ものざねを交換し、そこから生まれた子が女の子であれば、疑いは晴れるとするものでした。
そこで天照大神は、スサノオの持っていた剣を折り、噛んで息を吐きだしました。すると、そこから生まれたのは三女神でした。よって、スサノオの謀反の疑いは晴れたのでした。
美しく芸能に優れた市杵島姫神
このように誕生した宗像三女神はとても美しく、中でも市杵島姫神が最も美しかったとされています。それだけでなく、市杵島姫神は芸術や芸能面にも秀でていたそうです。
航海の神様
宗像の地は古代から、東アジアと交易を行う上で非常に重要な場所でした。現在、宗像大社の沖津宮がある沖ノ島では、航海の安全を願うための国家的な祭祀が行われていたからです。自然崇拝として始まったものでしたが、やがて宗像三女神の信仰とも結びつきました。
そのため宗像三女神は、航海や道を司る神様として知られるようになったと考えられます。
弁財天とは?
それでは弁天様こと、七福神の弁財天とはどういった神様なのかご説明します。その前に、そもそも七福神とは何なのか、簡単にご紹介します。
七福神とは
鯛を釣っているえびすさんに小槌を持った大黒様・・・、宝船に乗ってみんな笑っている神様たちというイメージが、七福神の神様にはありませんか?
七福神というのはざっくりいうと、神様たちによるユニットです。福徳をもたらす“神様グループ”として信仰されてきたのです。
七福神の神様たちの国籍はバラバラです。それはなぜかというと、インド・中国・日本における雑多な信仰を、聖数の7に合わせて取り入れたものだったからです。当初は神様の数が3だったり5だったりした時期もあったようです。
弁財天以外の神様たち
- 恵比寿(えびす):日本の神様。烏帽子(えぼし)を被り、片手には釣竿、もう片方の手には鯛を抱えています。大漁豊作・商売繁盛のご利益があるとされています。
- 大黒天(だいこくてん):もとはヒンドゥー教の神でしたが、仏法守護の神として伝来しました。打ち出の小槌がトレードマークです。五穀豊穣・家産増進・子孫繁栄のご利益があるとも。
- 毘沙門天(びしゃもんてん):ヒンドゥー教の神でしたが、仏教とともに伝来しました。武運の神様として、戦国時代には上杉謙信が信仰していたことでも有名です。他にも厄除け・財運・大願成就などのご利益があるとされています。
- 布袋尊(ほていそん):中国に実在したという禅僧で、弥勒菩薩の化身ともいわれています。こちらの神様が持っている袋が、いわゆる堪忍袋なんだそうです。和合金運招福の神として知られています。
- 寿老人(じゅろうじん):道教の神様で、南極星の化身とされています。白くて長い髭、杖と桃を持っています。ご利益は長寿延命・諸病平癒・子孫繁栄などです。
- 福禄寿(ふくろくじゅ):寿老人と同じく、道教の神様で南極星の化身です。長い頭と長い髭を持ち、杖をついています。子孫繁栄・富貴繁栄・健康長寿のご利益があるといわれています。
弁財天とは
それでは本題の弁財天についてです。弁財天は、もとはインドの古代神話に登場する水の神様でした。七福神の中では唯一の女神です。中国経由で日本に伝わり、弁財天となったといわれています。
弁財天は琵琶を持ち、絶世の美女として描かれることが多いのですが、インドではそうではなかったようです。むしろ武装をして、恐ろしい表情をした弁財天の像がつくられていたといいます。ですが、信仰が広まる過程の中で、その姿が次第に変わっていきました。
現在では、弁財天は芸能・学問・金運・財運などにご利益がある神様として信仰されています。
なぜ市杵島姫神=弁財天になったのか
ということで、市杵島姫神と弁財天はまったく別の神様であることをご理解いただけたでしょうか。そもそも市杵島姫神は日本生まれ、弁天様はインド生まれなのです。
神仏習合について
ですが、奈良時代頃から“神仏習合”という考えが広がります。神仏習合とは、日本固有の神様と仏教の信仰とが融合することをいいます。これにより、例えば神前でお経を唱えたり、神宮寺というお寺が神社の境内に建てられたりするなどしました。
そして平安時代には、神は仏が権(かり)に形を変えてこの世に現れたと考える“本地垂迹(ほんじすいじゃく)説”という思想が登場しました。これによると、天照大神は大日如来の化身であると考えるのだそうです。
こういった流れの中で、市杵島姫神は弁天様と同一視されるようになったといいます。
両者の共通点
同一視されるようになったのには、やはり両者に共通点があったからといえるでしょう。
- 美しい女神であること
- 水を司る神であること
- 芸能・学問などのご利益があること
などが、市杵島姫神と弁財天には共通しています。明治初期には神仏分離令が出され、神仏習合の時代は終わります。しかし現在でも市杵島姫神をお祀りしている神社は、弁天様として親しまれていることが多いようです。
最後に
今回は、市杵島姫神と弁天様こと七福神の弁財天の関係についてご紹介しました。本来は別々の神様でしたが、両者に共通点があったために神仏習合によって同一視されるようになったといえます。
以上、最後までお読みいただきましてありがとうございました!
【参考】
- 「七福神はいつから始まった?」
http://www.kyosei-tairyu.jp/shichifukujinn/
- ブリタニカ国際百科事典「七福神」「神仏習合」
- 百科事典マイペディア「七福神」「本地垂迹」
- 「琵琶を持つ天女姿の弁財天はインドの神様」
http://www.kyosei-tairyu.jp/shichifukujinn/bennzaitenn/31.html
- 宗像神社「御祭神① 宗像三女神」
http://munakatajinja.net/free/sannyosinn
- 「弁天様は素戔鳴尊(すさのおのみこと)の娘の市杵嶋姫命」
http://www.kyosei-tairyu.jp/shichifukujinn/bennzaitenn/80.html
- 日本史用語集「神宮寺」「神仏習合」「本地垂迹説」
- 富岡八幡宮「神代巫女のただ今神道勉強中! ⑯」
http://www.tomiokahachimangu.or.jp/shahou/h2902/htmls/p02.html