伊勢神宮で行われた式年遷宮

2013年、伊勢神宮で「式年遷宮」が行われ、話題となりました。

近年ではパワースポットブームということもあり、その年は1,420万人が伊勢神宮を訪れたそうです。

 

目次

式年遷宮とは

 

そもそも、式年遷宮とは一体何なのでしょうか。「式年」とは決まった年数を意味し、

遷宮」とは神様の引っ越しを指す言葉です。

伊勢神宮では20年に一度、旧宮から新宮へ、神様のお引っ越しが行われているのです。

 

伊勢神宮の式年遷宮では、社殿・神宝・調度品など、すべてを新しく作ります

それにより、神様が常に新しい社殿にいらっしゃることが可能となり、

そのみずみずしい力でもって、私たちを守っていただきたい、という願いが込められているのです。

 

とは言っても、式年遷宮には巨額の費用が必要となります。

2013年の第62回式年遷宮では、約550億円もの費用がかかっています。

そのうち、多くを占めているのが御用材となるヒノキです。

一度の式年遷宮で、約1万本のヒノキ材が用いられるそうです。

 

山口祭について

 

それでは御用材はどのようにして、伊勢神宮へ運ばれるのでしょうか。

運ぶためにはまず、いくつもの祭事を経なければなりません。

そのうちのいくつかを、ご紹介したいと思います。

 

一連の式年遷宮の祭事の最初となる「山口祭」は、

実際に御神体が旧宮から新宮へ御移りになる遷御より、8年も前から始まります

2013年・第62回式年遷宮のための山口祭は、2006年5月2日に行われています

 

山口祭とは、御用材を伐る山にいらっしゃる神様を祭り、御用材の伐採と搬出の安全を願うための祭事です。

この山口祭は、内宮では岩井田山の岩社の前で、外宮では外宮の神域にある土宮(つちのみや)で行われます。

 

なお、御用材を伐る山のことを「御杣山(みそまやま)」といいます。

現在の御杣山は、木曾山です。詳しくは、後ほどご説明します。

 

御杣始祭(みそまはじめさい)について

 

御杣始祭は、木曾の御杣山で御用材を正式に伐りはじめる際、行われる祭事です。

このお祭りは、山口祭の翌月に、木曾の現地で行われています。

 

御杣始祭では、御樋代(みひしろ)の御用材となる木の伐採が行われます。

御樋代とは、内宮の正殿で御神体である鏡を安置しておく器のことで、最も神聖なものだとされています。

 

御木曳初式(おきひきぞめしき)・木造始祭(こづくりはじめさい)について

 

御木曳とは社殿の造営に使われる御用材を運ぶことをいい、御木曳初式は御用材の搬入をはじめる祭事です。

内宮と外宮で、旧神領民の方々がお揃いのハッピで祝います。

 

また木造始祭では、造営に必要となる木取りの安全を祈願して、

木に斧が打ち入れられます。木取りとは、大形の材木を挽いて御用材に適した形に整えることです。

 

このような祭事を経て、伐られた御用材は、

かつて筏にして木曾川を下り、外宮は宮川、内宮は五十鈴川に曳きあげられたそうです。

 

現在は木曾から伊勢までは、トラックで運ばれます。

ですが、現在でも御用材の一部は五十鈴川を川曳きで内宮へ、

宮川の堤からは陸(おか)曳きで外宮へと運ばれています

 

御杣山(みそまやま)について

 

御杣山とは、樹木を植えつけて御用材を採る山のことです。

すでに書きましたが、現在の御杣山は木曾山です。

しかし、かつては伊勢神宮の領であった神路山・高倉山が御杣山とされていました

 

一度の遷宮で約1万本ものヒノキが必要となることから、鎌倉時代中期以降には良材が枯渇し始めます。

江戸時代中期の第47回式年遷宮から、御杣山は木曾山となり、今日まで至っています。

 

ですが、今から100年ほど前から、再び神宮の山を御杣山にしようという動きが出てきました。
そして大正時代には、神宮の山に植林計画が進められました。

遂にその成果が実り、2013年第62回式年遷宮では、約700年ぶりに地元の宮域林から採ったヒノキを、御用材の一部として使用したそうです。

遷宮の意味とは

持統天皇4年690年以来1300年、戦国時代一時中断したものの年々と続いているこの式年遷宮ですが、

その意味は、

全てを新しく整え天照大御神の御光を仰ぐというのが本来の意味です。

そこから神々が若返り、日本が若返り、

さらには永遠にはつらつとした日本国民の息吹を後世に伝えるというのが遷宮の願いだと言われています。

 

 

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