出雲大社の御神体とは

出雲大社の御神体とは

御神体とは


御神体とは神道で神様が宿るとされる物体で、依り代(よりしろ)とも呼ばれ、祈りを捧げる対象となるものです。有名なのは三種の神器である伊勢神宮の八咫鏡(やたのかがみ)、熱田神宮の天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)、あるいは山や木といった森羅万象が御神体とされています。神の宿る山は神体山と呼ばれ、そういった神の宿った山や岩や森林の総称を神奈備(かんなび)とも呼ばれます。大相撲はもともと神へ奉納される神事であり、注連縄を巻いた横綱自身が御神体という見方もできます。

御神体とは神様が宿る神聖な存在ではありますが神様=御神体ではありません。我々はお祈りをすることにより媒体(御神体)を通して大きな存在(神様そのもの)と繋がっているのです。

お祈りをすれば神様は宿るとされており、なにかするときに「神様~~してください!」のように言ったり思ったりしたことは誰しもあることではないかと思います。しかしやはりそこには礼儀も必要です。
御神輿(おみこし)を担ぐお祭りを想像してみて下さい。その中身を分解してみると、御祈りのために御神輿という特別席を用意し神様を迎えに行き、期間が終わればお送りするという内容です。どうでしょうか、例えば目上の人にラインで一言来てくださいと言って呼ぶのは失礼ですよね。お祈りをする際の礼儀は作法です。間違った失礼な作法ではなく正しく真摯にお祈りをすることで願いが神様に届くのではないでしょうか。


出雲大社の御神体


三種の神器が御神体になっている伊勢神宮の八咫鏡、熱田神宮の草薙剣が有名なのは前項でも触れましたが、では出雲大社の御神体は何なのでしょうか。気になるところです。三種の神器の最後の一つ八尺瓊勾玉(やさかぎのまがたま)なのかなあと気になったりしたことがありました。


出雲大社の御神体を見ることはできないのかということですが、結論からいうと残念ながら見ることはできません。そもそもこれは出雲大社ならずともそう簡単には見ることはできません。出雲大社で遷宮の際に小さな社に入れられて神職の方が本殿から運んで行きましたが、その方たちも何なのかはわかりません。わかる人といえば、その社に御神体を遷された出雲国造ただ一人だけでしょう。

現在でも御神体は何なのか明かされてはいませんが、石、刀、蛇、八雲山、ない、など多くの説があり議論は尽きません。このような推測に対して千家尊統国造は「このように推測はまちまちであるが、いずれもただの想像説であって、御神体は誰でも拝すことのできるものではない」としています。

ますます謎は深まりますが、やはり過去長い歴史の中にはそれを知ろうとした人がいます。
例えば1638年松江藩城主、松平直政が御神体を見せろと言って見たら、大きな九穴の鮑(あわび)が祀られており、見た途端18.18メートルの大蛇となったので、直政は畏れて逃げたとあります。果たしてこれが本当なのか何かの比喩なのか知ることは未来永劫ありません。

御神体が何なのか知ろうとすること自体が野暮で不敬に当たる行為なのかもしれませんね。

出雲大社御神体の謎



御神体が何なのかというのも謎ではありますが、もう一つ、神社でお参りをする際、神様はその人と向かい合わさるように鎮座されています。ほとんどがそうです。しかし出雲大社はなんと左側を向いているんです。大社造りの構造自体もそうなるような造りとなっているんです。

なぜでしょう

なんとこれもわかっていないのです。したがって神職の方々も予測や神話からその理由を推測するしかなく、これにもさまざまな説があります。

・右耳が聞こえないから左を向けている
→これとつなげて耳が不自由だから参拝の際は聞こえるように4拍手するという派生もある。
・稲佐の浜を見ている
→毎年神在祭の時期(旧暦10月)に全国の神様が入ってくる方を見て迎えている
・九州地方を見ている
→宗像神社を見ている?
・本殿後ろの素鵞社(そがのやしろ)に祀られている素戔嗚尊(すさのおうのみこと)が大国主命大神の父にあたるため、そちらが正面になるようにした。

などなど数多くの説があります。
どれもなるほどと思えますし、もしかしたらすべて正解なのかもしれないですね。

謎多き出雲大社。これも魅力の一つなのではないでしょうか。少なくとも私は出雲大社の謎にかなり惹かれている一人です。


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